ワイメアの歴史ある建物で、ハワイアンキルトのイベントがありました。

ハワイ島ワイメアは、私がキルトのミーティングで週に1度は訪れている場所です。ワイコロア・ビーチ・リゾートから約33km、車では30分、標高約780mの街です。ワイコロア・リゾートからは遠く離れてはいませんが、気候が高地なので、涼しく冬は寒いくらいになります。(ワイメアの某コーヒー屋には暖炉があります)
ハワイではないような気候はとても快適なこともあってか、人口も10,000人ほどです 。カメハメハ1世の時代から牧場の街としての歴史があり、現在でも広々とした放牧地には牛、馬などがたくさんいます。
1820年にハワイ島にはアメリカ本土から、宣教師の一行が到着しました。そのあと1840年代終わりか1850年代始めにワイメアの街の中心部にあるスペンサー・ハウスはウィリアム・フレンチ氏により建てられたと言われています。建てられた後は、ホテル、裁判所、ジェネラル・ストア、レストランなどに使われたという歴史があります。
インテリアの支柱はすべてコア材で作られ、二重の壁は支柱のコア材が見えない構造になっています。この歴史的な建物は2014年にワイメア保全協会により改装され、多くの人に集まってもらえるような場所として使用されるようになりました。

ヒストリカル・スペンサー・ハウス
ヒストリカル・スペンサー・ハウス

スペンサー・ハウスの中には昔のままのアンティークな家具などもあり、歴史なども展示されています。また、アンティークの食器や小物なども販売されています。
シャロン・バライさんのハワイアンキルトも飾られています。

スペンサー・ハウスの内観—ハワイアンキルトも飾られています
スペンサー・ハウスの内観—ハワイアンキルトも飾られています
アンティークのアイスボックス
アンティークのアイスボックス

その歴史的な建物の中で、ハワイアンキルトのデモンストレーションが開催されました。私の所属するワイメアのハワイアンキルトクラブの会長もされた方々が作ったアップカントリー・キルターズが主催者でした。多くの人達にハワイアンキルトを伝える事を目的とし、これから月に一回でも開催できればとお話されていました。クウレイ(ドロシー)・バデューアさん、シャロン・バライさん、アイリーン・久保さん、キャシー・田中さんの4名のキルターが順番で話をしてくれました。ハワイにおいて、伝統工芸であるハワイアンキルトを多くの人が知っているという認識は間違いであり、現地の人達もあまり詳しく知らない方もいます。ハワイアンキルトの歴史や文化、代々伝えられてきた話などを聞くのは、大変貴重です。このようなイベントが毎月あると、嬉しい限りです。ハワイアンキルト初心者、または熟練者の方でもとても楽しいと思います。

話の中でも心に残ったことを数点、ご紹介しますね。
その昔、ハワイアンキルトの柄(パターン)はその人だけのもので、尊重されていました。家族の為に描いたパターンは、作ってあげた人だけのものだから、キルト完成後、パターンはすべて破棄されました。また作ってもらったキルトはクローゼットの隅に隠し、他の人とは共有しなかったと言われています。それが1970年代のハワイアン・ルネッサンスから少し変わり、今では自分のパターンを共有するキルターが増えてきました。悲しいことは、デザイナーのパターンが勝手に商売として使われていることです。シャロン・バライさんはおばあさまがキルターだったということですが、自分が始めたきっかけは、小さい娘さんを亡くした時からと話されていました。自分の苦しい気持ちを和らげてくれたのが、ハワイアンキルトを作ることだったそうです。お母様はキルターではありませんでしたが、おばあさまが亡くなった時に、おばあさまのキルトパターンはすべて焼いてしまわれたそうです。そのくらい故人のパターンは貴重だったのでしょう。娘さん達に作られたパターンは娘さん達だけのものなので、他の方とは共有されないそうです。私もそれを聞いて、「なるほど!」と思いました。

ハワイアンキルトを作るというのは、セラピーであり、メディテーションであるとクウレイさんはおっしゃっていました。確かにキルトを始めると、心が穏やかになります。そして他のことは何もやりたくなくなります。よって、ファミリーの絶大な協力も必要であるとおっしゃっていました。キルトをすることで、自分自身の内面を高め、作品が完成するというのは、一石二鳥であり、生産的な趣味であるともおっしゃっていました。確かにその通りです。年を重ねても素敵なキルターでいることが私の望みです。

クウレイ・バデューアさんとシャロン・バライさんのお話は楽しく貴重なものです
クウレイ・バデューアさんとシャロン・バライさんのお話は楽しく貴重なものです

お二人の話の途中でワイメアのキルターが記してあるプリントをみなさんに回覧しました。ふと見て見えると、なんと私の名前も記されているではありませんか? ちょっとびっくりしたのと嬉しいのとで、どなたがこのプリントを用意してくださったか不明ですが、認めていただいているというのが、なによりも嬉しく誇りに思います。

アップカントリー・キルターズのパターン
アップカントリー・キルターズのパターン
私の名前も記載されたワイメアのハワイアンキルターの一覧表
私の名前も記載されたワイメアのハワイアンキルターの一覧表

スペンサー・ハウスの入り口では、ワイメア在住のアンティやアンクルたちにより、カニカピラが繰り広げられていました。このような街がハワイ島には存在し、今でも古き良き時代のハワイが伺えます。

カニカピラは素敵な音楽の集まりです
カニカピラは素敵な音楽の集まりです

 

By アン

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ワイメアのヒストリカル・スペンサー・ハウスhttp://www.holoholo.world/kawaraban/wp-content/uploads/2016/10/HistoricalSpencerHouse-1024x683.jpghttp://www.holoholo.world/kawaraban/wp-content/uploads/2016/10/HistoricalSpencerHouse-150x150.jpg藤原小百合アンキルトパラダイススペンサー,ハウス,ハワイアンキルト,ハワイ島,ヒストリカル,ワイメアワイメアの歴史ある建物で、ハワイアンキルトのイベントがありました。 ハワイ島ワイメアは、私がキルトのミーティングで週に1度は訪れている場所です。ワイコロア・ビーチ・リゾートから約33km、車では30分、標高約780mの街です。ワイコロア・リゾートからは遠く離れてはいませんが、気候が高地なので、涼しく冬は寒いくらいになります。(ワイメアの某コーヒー屋には暖炉があります) ハワイではないような気候はとても快適なこともあってか、人口も10,000人ほどです 。カメハメハ1世の時代から牧場の街としての歴史があり、現在でも広々とした放牧地には牛、馬などがたくさんいます。 1820年にハワイ島にはアメリカ本土から、宣教師の一行が到着しました。そのあと1840年代終わりか1850年代始めにワイメアの街の中心部にあるスペンサー・ハウスはウィリアム・フレンチ氏により建てられたと言われています。建てられた後は、ホテル、裁判所、ジェネラル・ストア、レストランなどに使われたという歴史があります。 インテリアの支柱はすべてコア材で作られ、二重の壁は支柱のコア材が見えない構造になっています。この歴史的な建物は2014年にワイメア保全協会により改装され、多くの人に集まってもらえるような場所として使用されるようになりました。 スペンサー・ハウスの中には昔のままのアンティークな家具などもあり、歴史なども展示されています。また、アンティークの食器や小物なども販売されています。 シャロン・バライさんのハワイアンキルトも飾られています。 その歴史的な建物の中で、ハワイアンキルトのデモンストレーションが開催されました。私の所属するワイメアのハワイアンキルトクラブの会長もされた方々が作ったアップカントリー・キルターズが主催者でした。多くの人達にハワイアンキルトを伝える事を目的とし、これから月に一回でも開催できればとお話されていました。クウレイ(ドロシー)・バデューアさん、シャロン・バライさん、アイリーン・久保さん、キャシー・田中さんの4名のキルターが順番で話をしてくれました。ハワイにおいて、伝統工芸であるハワイアンキルトを多くの人が知っているという認識は間違いであり、現地の人達もあまり詳しく知らない方もいます。ハワイアンキルトの歴史や文化、代々伝えられてきた話などを聞くのは、大変貴重です。このようなイベントが毎月あると、嬉しい限りです。ハワイアンキルト初心者、または熟練者の方でもとても楽しいと思います。 話の中でも心に残ったことを数点、ご紹介しますね。 その昔、ハワイアンキルトの柄(パターン)はその人だけのもので、尊重されていました。家族の為に描いたパターンは、作ってあげた人だけのものだから、キルト完成後、パターンはすべて破棄されました。また作ってもらったキルトはクローゼットの隅に隠し、他の人とは共有しなかったと言われています。それが1970年代のハワイアン・ルネッサンスから少し変わり、今では自分のパターンを共有するキルターが増えてきました。悲しいことは、デザイナーのパターンが勝手に商売として使われていることです。シャロン・バライさんはおばあさまがキルターだったということですが、自分が始めたきっかけは、小さい娘さんを亡くした時からと話されていました。自分の苦しい気持ちを和らげてくれたのが、ハワイアンキルトを作ることだったそうです。お母様はキルターではありませんでしたが、おばあさまが亡くなった時に、おばあさまのキルトパターンはすべて焼いてしまわれたそうです。そのくらい故人のパターンは貴重だったのでしょう。娘さん達に作られたパターンは娘さん達だけのものなので、他の方とは共有されないそうです。私もそれを聞いて、「なるほど!」と思いました。 ハワイアンキルトを作るというのは、セラピーであり、メディテーションであるとクウレイさんはおっしゃっていました。確かにキルトを始めると、心が穏やかになります。そして他のことは何もやりたくなくなります。よって、ファミリーの絶大な協力も必要であるとおっしゃっていました。キルトをすることで、自分自身の内面を高め、作品が完成するというのは、一石二鳥であり、生産的な趣味であるともおっしゃっていました。確かにその通りです。年を重ねても素敵なキルターでいることが私の望みです。 お二人の話の途中でワイメアのキルターが記してあるプリントをみなさんに回覧しました。ふと見て見えると、なんと私の名前も記されているではありませんか? ちょっとびっくりしたのと嬉しいのとで、どなたがこのプリントを用意してくださったか不明ですが、認めていただいているというのが、なによりも嬉しく誇りに思います。 スペンサー・ハウスの入り口では、ワイメア在住のアンティやアンクルたちにより、カニカピラが繰り広げられていました。このような街がハワイ島には存在し、今でも古き良き時代のハワイが伺えます。   By アン ★facebook始めました! https://www.facebook.com/pages/Annes-Hawaiian-Quilt/681572441861121ハワイの自然・文化・歴史、ライフスタイルを語る