1921年、九州の福岡から、1人の日本人女性が希望に満ちた心とともにカウアイ島に移住して来ました。
持ちものはたった1つのスーツケース。
名前は、Takano Nonaka。アンティ・Takanoは、カウアイ島のハナペペを新しい人生の定住地に決めました。

彼女は10人の子供を育て、島を襲った二度の津波、第一次世界大戦と第二次世界大戦、そしてハリケーンを経験しています。
一世紀にわたる時間の中で、移り変わっていくカウアイ島の、世界の、大きな変動の中を生きた人です。

アンティの10人の子どものうち7人が男の子でした。
その中で、彼女は自分の息子たちを第二次世界大戦と朝鮮戦争に送り出しました。

一人、一人と息子を戦争に送り出すたびに、アンティ・Takano はタバコの袋にラワイ渓谷にある聖地の土を入れ、無事に帰還した時に、持たせた土をこの地に戻すようにと約束をしました。
彼女の息子が戦争に行っている間、アンティ・Takano はこの聖地を毎日のように訪れ、祈りました。来る日も来る日も、祈りました。

山の斜面に蛇行する形で並ぶ、ハワイアンの聖地に建つ88個の祠
山の斜面に蛇行する形で並ぶ、ハワイアンの聖地に建つ88個の祠

その場所が、88の祠(ほこら)が山の斜面に沿って蛇行して建つ、現在のラワイ・インターナショナル・センターです。

ラワイ・インターナショナル・センターがあるラワイ渓谷は、ハワイの遠く離れた場所から癒しを求めて人々が集まったという、
古代ハワイ時代に遡る長い歴史を持つ聖地です。
600年以上前、ハワイアンたちは心身の癒しを求め、病気の回復を願ってこの地を訪れ、三日間の断食とメディテーションをしたそうです。

神道を思わせるお堂が入り口に建ったのは8年前。宗派を超え、肌の色を超え、すべての人が祈れる場所
神道を思わせるお堂が入り口に建ったのは8年前。宗派を超え、肌の色を超え、すべての人が祈れる場所

ケア・テーカー(管理する人)をしていたモアナ・シミオナと母リリアが、「この場所は、心身に傷を負った人を Sprit(精神)、Body(肉体)、inner-self(内なる自分)の3つのレベルで癒した」と言っています。

人々はここで癒され、精神的に調和がとれた自分を取り戻し、必要があればまたこの渓谷へと戻ってきたそうです。

その後、ハワイアンのヘイアウ(聖地)であったこの場所に、感謝と誠意をもって、88の祠が祀られました。もちろんこれは、日本の四国八十八ケ所の巡礼を複製するもので、祈願をするということに目的を置くためのレプリカでもあります。

長い長い時間、さまざまな時代が流れていく中で、初期にはハワイアンたち。その後にはアジア各地から来た移民たち、その他の国々から来た移民たちが、祈りと願い、癒しの場所としてこの地に集まるようになりました。
ハワイアンのヘイアウ(聖地)に建てられた88の祠たち。その1つ1つに手を合わせに集まる人々。

ラワイ・インターナショナル・センターは、熱心なボランティアの人々の尽力によって、各国の文化、宗派を超えて、人々が平和を祈り、癒しを受け取る場所として誰も拒むことなく、そこにあり続けています。
そして、”すべての人々に、ほんとうのアロハの精神をシェアする” 場所として、今も世界中から多くの人がこの場所を訪れています。

歴史の中では、この場所を購入したオーナーが祠を全部取り払い、更地にしようと企てをしたことがありました。
88の祠を含め、古代ハワイアンたちが癒しを求めた渓谷の聖地は何年にもわたって、土と雑草に深く覆われていたそうです。

そんな中でも、アンティ・Takano はここに通って手を合わせ続けたました。
「何も見えなくても、あそこに行けばパワーをもらえるの」と言い、約60年間にわたって通い続けたそうです。

今は、土地開発に強く反対したボランティア団体の手によって、元の形に整地されています。

祠の中は1つ1つ、違う装飾品が備えられている。行くたびにに手を合わせたいと思う祠が違うのが不思議
祠の中は1つ1つ、違う装飾品が備えられている。行くたびにに手を合わせたいと思う祠が違うのが不思議

ラワイ・インターナショナル・センターには公開日があり、普段は閉じられた場所になっていますが、私自身は幸運なことに、誰もいない時間にこの場所を訪れる機会を時々いただいています。

来る度に思うのは、大きなボウル皿のど真ん中にポンっといるような、そんな感覚がする場所です。
広大な敷地の両脇が山になっていて、その斜面が古代ハワイアンたちが心身を癒すメディテーションをした場所。
一方の斜面に連なる88の祠たち。大きく広げれらた腕の中にいるような、気持ちがすっと安心する場所です。

その斜面と斜面の間に立っていると、時々、さぁ~っと涼しい風が吹き抜けていきます。
その風に私は、アンティ・Takano の祈りの気持ち、いずれ平和な世の中がやって来ることを信じる気持ちを感じるように思います。

柔らかな、静寂に満ちた場所。
どんなに気持ちがザワついている時に訪れても、ここに立てば気持ちが凪いでいきます。
多くの人たちが奉納していった祈りの気持ちが、ここに来る人の気持ちを平らにしてくれるのでしょうか。

平和な世界を、癒しある世界をと祈り願った先人たちは、いまの世界をどんな風に見ているのかな。
そして次世代、その先へとバトンを受け渡していく私たちにできることは何なのかな。
移民でやって来た(特に)母国の先人たちの当時のカウアイでの暮らしに想いを馳せたり。
静かに平らになったココロで、そういうことを思ってみたりするのが、
私にとってのラワイ・インターナショナル・センターでの時間です。

来る度に、あ~今日ここに来れて良かった。と毎回毎回、感謝が湧き上がる。私にとってここはそんな場所です。

人々の祈りがあつまる場所。https://www.holoholo.world/kawaraban/wp-content/uploads/2019/07/kauainikki250.jpghttps://www.holoholo.world/kawaraban/wp-content/uploads/2019/07/kauainikki250-150x150.jpgミノリ エヴァンスカウアイ日記アンティTakano,カウアイ,ハワイアン,ヘイアウ,ラワイ・インターナショナル・センター,ラワイ渓谷,神社1921年、九州の福岡から、1人の日本人女性が希望に満ちた心とともにカウアイ島に移住して来ました。 持ちものはたった1つのスーツケース。 名前は、Takano Nonaka。アンティ・Takanoは、カウアイ島のハナペペを新しい人生の定住地に決めました。 彼女は10人の子供を育て、島を襲った二度の津波、第一次世界大戦と第二次世界大戦、そしてハリケーンを経験しています。 一世紀にわたる時間の中で、移り変わっていくカウアイ島の、世界の、大きな変動の中を生きた人です。 アンティの10人の子どものうち7人が男の子でした。 その中で、彼女は自分の息子たちを第二次世界大戦と朝鮮戦争に送り出しました。 一人、一人と息子を戦争に送り出すたびに、アンティ・Takano はタバコの袋にラワイ渓谷にある聖地の土を入れ、無事に帰還した時に、持たせた土をこの地に戻すようにと約束をしました。 彼女の息子が戦争に行っている間、アンティ・Takano はこの聖地を毎日のように訪れ、祈りました。来る日も来る日も、祈りました。 その場所が、88の祠(ほこら)が山の斜面に沿って蛇行して建つ、現在のラワイ・インターナショナル・センターです。 ラワイ・インターナショナル・センターがあるラワイ渓谷は、ハワイの遠く離れた場所から癒しを求めて人々が集まったという、 古代ハワイ時代に遡る長い歴史を持つ聖地です。 600年以上前、ハワイアンたちは心身の癒しを求め、病気の回復を願ってこの地を訪れ、三日間の断食とメディテーションをしたそうです。 ケア・テーカー(管理する人)をしていたモアナ・シミオナと母リリアが、「この場所は、心身に傷を負った人を Sprit(精神)、Body(肉体)、inner-self(内なる自分)の3つのレベルで癒した」と言っています。 人々はここで癒され、精神的に調和がとれた自分を取り戻し、必要があればまたこの渓谷へと戻ってきたそうです。 その後、ハワイアンのヘイアウ(聖地)であったこの場所に、感謝と誠意をもって、88の祠が祀られました。もちろんこれは、日本の四国八十八ケ所の巡礼を複製するもので、祈願をするということに目的を置くためのレプリカでもあります。 長い長い時間、さまざまな時代が流れていく中で、初期にはハワイアンたち。その後にはアジア各地から来た移民たち、その他の国々から来た移民たちが、祈りと願い、癒しの場所としてこの地に集まるようになりました。 ハワイアンのヘイアウ(聖地)に建てられた88の祠たち。その1つ1つに手を合わせに集まる人々。 ラワイ・インターナショナル・センターは、熱心なボランティアの人々の尽力によって、各国の文化、宗派を超えて、人々が平和を祈り、癒しを受け取る場所として誰も拒むことなく、そこにあり続けています。 そして、”すべての人々に、ほんとうのアロハの精神をシェアする” 場所として、今も世界中から多くの人がこの場所を訪れています。 歴史の中では、この場所を購入したオーナーが祠を全部取り払い、更地にしようと企てをしたことがありました。 88の祠を含め、古代ハワイアンたちが癒しを求めた渓谷の聖地は何年にもわたって、土と雑草に深く覆われていたそうです。 そんな中でも、アンティ・Takano はここに通って手を合わせ続けたました。 「何も見えなくても、あそこに行けばパワーをもらえるの」と言い、約60年間にわたって通い続けたそうです。 今は、土地開発に強く反対したボランティア団体の手によって、元の形に整地されています。 ラワイ・インターナショナル・センターには公開日があり、普段は閉じられた場所になっていますが、私自身は幸運なことに、誰もいない時間にこの場所を訪れる機会を時々いただいています。 来る度に思うのは、大きなボウル皿のど真ん中にポンっといるような、そんな感覚がする場所です。 広大な敷地の両脇が山になっていて、その斜面が古代ハワイアンたちが心身を癒すメディテーションをした場所。 一方の斜面に連なる88の祠たち。大きく広げれらた腕の中にいるような、気持ちがすっと安心する場所です。 その斜面と斜面の間に立っていると、時々、さぁ~っと涼しい風が吹き抜けていきます。 その風に私は、アンティ・Takano の祈りの気持ち、いずれ平和な世の中がやって来ることを信じる気持ちを感じるように思います。 柔らかな、静寂に満ちた場所。 どんなに気持ちがザワついている時に訪れても、ここに立てば気持ちが凪いでいきます。 多くの人たちが奉納していった祈りの気持ちが、ここに来る人の気持ちを平らにしてくれるのでしょうか。 平和な世界を、癒しある世界をと祈り願った先人たちは、いまの世界をどんな風に見ているのかな。 そして次世代、その先へとバトンを受け渡していく私たちにできることは何なのかな。 移民でやって来た(特に)母国の先人たちの当時のカウアイでの暮らしに想いを馳せたり。 静かに平らになったココロで、そういうことを思ってみたりするのが、 私にとってのラワイ・インターナショナル・センターでの時間です。 来る度に、あ~今日ここに来れて良かった。と毎回毎回、感謝が湧き上がる。私にとってここはそんな場所です。ハワイの自然・文化・歴史、ライフスタイルを語る