皆様アローハ!

ハワイ島はカメハメハI世の生誕の地であることをご存知でしたか? 実は、カメハメハI世のオリジナルの像はハワイ島のカパアウに存在します。また、ハワイ島にはハワイアンの昔の祭場(ヘイアウ)がたくさん存在します。

カパアウのカメハメハ王の像
カパアウのカメハメハ王の像

ハワイの8島を統一し、ハワイ王国を作ったのがカメハメハI世です(カメハメハ大王とも呼ばれる)。カメハメハI世生誕の地はハワイ島のハヴィに近いカパアウあたりと言われています。ハワイ王国を作った王様ですから、ハワイの人にとっては、それは大切な存在となっています。ホノルル、ダウンタウン、イオラニ宮殿からキングストリートを挟んですぐのところに、カメハメハ王像はありますが、こちらは実は、2体目の像だったということをご存知でしたか? 1880年、イタリアのフィレンツェで作られた1体目の像(今のカパアウの像)はホノルルに運ぶ途中のフォークランド諸島沖で船が沈没し、消えてしまいました。そして代わりにもう一度オーダーしたものが、ホノルルのダウンタウンにおかれています。ですが、1912年に海に沈んだ1体目のカメハメハ像が奇跡的にも見つかり、これはハワイ島のカパアウに送られたということです。2つの像の顔がかなり違うのですが、お気づきでしたか?

カパアウのカメハメハ王の像のクロースアップ
カパアウのカメハメハ王の像のクロースアップ

カメハメハI世は島々の戦いに勝ち、1810年にハワイ諸島を統一し、ハワイ王国を作りました。それに先立ち、1791年にはハワイ島のカヴァイハエに近い場所にプウコホラ・ヘイアウを作りました。これにはハワイ諸島統一に向けて、強い希望が込められていました。ライバルであったケオーウアを倒すため、色々な手を打っていましたが、カメハメハ家の戦いの神(クー)である、クーカーイリモクを祀る最大で神聖な祭場(ヘイアウ)を作ることで、カメハメハがハワイを統一する王になると予言者(カフナ)による通達がありました。よってこのプウコホラ・ヘイアウが作られ、無事に1810年にカメハメハはハワイ王国の王となったわけです。

プウコホラは別名クジラの丘という意味があり、昔もこの丘から、クジラを見ることができたことを物語っています。ケオーウアがプウコホラ・ヘイアウに来た時には殺され、その体は、この戦争の神に捧げられました。カメハメハI世が1819年に亡くなった後は、息子のカメハメハII世(リホリホ)が王となりましたが、その時にはI世が作ったカプ制度(法律)をなくし、ヘイアウに生け贄などを捧げる習慣や法はなくなりました。

プウコホラ・ヘイアウ
プウコホラ・ヘイアウ

ヘイアウはハワイではとても神聖な場所です。現在でも数多くのヘイアウは残されていますが、ここプウコホラ・ヘイアウは最大級で、昔のまま原型を残しているヘイアウです。ヘイアウは溶岩で作られていますが、ここの溶岩は、コハラコーストのポロル渓谷から人が20マイル(約32km) に人を並べ、手に手に溶岩をここまで運んだとされています。その溶岩のサンプルがビジターセンターにはディスプレイされています。どれだけ過酷な労働だったかを知ることができます。

人と人が32kmに渡りポロル渓谷から溶岩を運びました
人と人が32kmに渡りポロル渓谷から溶岩を運びました

プウコホラ・ヘイアウの中は一般公開されていませんが、外からは見ることができます。今でもカルチャー・フェスティバルなどには使われています。丘の上にそびえ立つヘイアウの写真の右の方にプーロウロウ(タブースティック)が2本交差しているのが見えますか? 白いボールのようなものが棒に付いています。これはカメハメハ王の時代に作られたシンボルで、ここから先は王がいる神聖な場所で、入ってはいけないという印です。

丘の上にそびえ立つプウコホラ・ヘイアウ
丘の上にそびえ立つプウコホラ・ヘイアウ

プウコホラ・ヘイアウの敷地内にはマイレキニ・ヘイアウとハレ・オ・カプニ・ヘイアウもあります。マイレキニ・ヘイアウはカメハメハ王の先祖により、農業の寺として作られたものであるようです。カメハメハ王の時代にジョン・ヤング(カメハメハ王に西洋の知恵をアドバイスした人)とともに、この寺を砦に換えました。

昔はヘイアウの中はこのようになっていたという説明
昔はヘイアウの中はこのようになっていたという説明

ハレ・オ・カプニ・ヘイアウはサメの神に捧げたヘイアウで、オフショアに作られました。サメはアウマクアという祖先の神の一人だったと言われています。このヘイアウは1950年代頃までは原型をとどめていたようですが、雨や風などにより、今では海の中です。引き潮の時には土台が少し見えるくらいになっています。ヘイアウ内はトレッキング用の道もあり、地図を見ながら歩くこともできます。ただ影がなく暑いので、タオルや水などを必ず持参してください。セルフガイドツアーができるようになっています。ガイドツアーも行っているようですが、10名以上の団体で予約が必要となります(英語のみ)。今でもこのようなカメハメハ王の偉大な功績を目の前にできる素晴らしい場所が存在することを、あらためて痛感できる素晴らしい場所です。

プウコホラ・ヘイアウ内はトレッキングができます
プウコホラ・ヘイアウ内はトレッキングができます
プウコホラ・ヘイアウ敷地内の他のヘイアウの表示
プウコホラ・ヘイアウ敷地内の他のヘイアウの表示

カメハメハ王にちなんだキルトはないのですが、カメハメハIII世が作った、ハワイ王国のシンボル「コート・オブ・アーム」が入った、カラカウア王50才の誕生日に贈られたキルトです。こちらはオリジナルがまだ存在しますが、現在イオラニ宮殿の王のベッドルームで公開されているのは、オリジナルに遙かに近いレプリカです(キルトパラダイス第113回の「イオラニ・パレスのキルト」を参照)。

ハワイ州のモットーが入ったカラカウア王のキルト(Courtesy photo by Iolani Palace
ハワイ州のモットーが入ったカラカウア王のキルト(Courtesy photo by Iolani Palace

By アン
Puʻukohola Heiau National Historic Site
62-3601 Kawaihae Rd. Kawaihae HI 96743
Tel: 808-882-7218 (英語のみ)
http://www.nps.gov/puhe
時間:8時~16時45分(最終エントランスは16時30分)
料金:無料

キルト・パラダイス:ハワイ島のカメハメハI世像とプウコホラ・ヘイアウhttps://www.holoholo.world/kawaraban/wp-content/uploads/2015/10/KemehamehaI-1-768x1024.jpghttps://www.holoholo.world/kawaraban/wp-content/uploads/2015/10/KemehamehaI-1-150x150.jpg藤原小百合アンキルトパラダイスカメハメハ大王,ハワイ島,プウコホラ,ヘイアウ皆様アローハ! ハワイ島はカメハメハI世の生誕の地であることをご存知でしたか? 実は、カメハメハI世のオリジナルの像はハワイ島のカパアウに存在します。また、ハワイ島にはハワイアンの昔の祭場(ヘイアウ)がたくさん存在します。 ハワイの8島を統一し、ハワイ王国を作ったのがカメハメハI世です(カメハメハ大王とも呼ばれる)。カメハメハI世生誕の地はハワイ島のハヴィに近いカパアウあたりと言われています。ハワイ王国を作った王様ですから、ハワイの人にとっては、それは大切な存在となっています。ホノルル、ダウンタウン、イオラニ宮殿からキングストリートを挟んですぐのところに、カメハメハ王像はありますが、こちらは実は、2体目の像だったということをご存知でしたか? 1880年、イタリアのフィレンツェで作られた1体目の像(今のカパアウの像)はホノルルに運ぶ途中のフォークランド諸島沖で船が沈没し、消えてしまいました。そして代わりにもう一度オーダーしたものが、ホノルルのダウンタウンにおかれています。ですが、1912年に海に沈んだ1体目のカメハメハ像が奇跡的にも見つかり、これはハワイ島のカパアウに送られたということです。2つの像の顔がかなり違うのですが、お気づきでしたか? カメハメハI世は島々の戦いに勝ち、1810年にハワイ諸島を統一し、ハワイ王国を作りました。それに先立ち、1791年にはハワイ島のカヴァイハエに近い場所にプウコホラ・ヘイアウを作りました。これにはハワイ諸島統一に向けて、強い希望が込められていました。ライバルであったケオーウアを倒すため、色々な手を打っていましたが、カメハメハ家の戦いの神(クー)である、クーカーイリモクを祀る最大で神聖な祭場(ヘイアウ)を作ることで、カメハメハがハワイを統一する王になると予言者(カフナ)による通達がありました。よってこのプウコホラ・ヘイアウが作られ、無事に1810年にカメハメハはハワイ王国の王となったわけです。 プウコホラは別名クジラの丘という意味があり、昔もこの丘から、クジラを見ることができたことを物語っています。ケオーウアがプウコホラ・ヘイアウに来た時には殺され、その体は、この戦争の神に捧げられました。カメハメハI世が1819年に亡くなった後は、息子のカメハメハII世(リホリホ)が王となりましたが、その時にはI世が作ったカプ制度(法律)をなくし、ヘイアウに生け贄などを捧げる習慣や法はなくなりました。 ヘイアウはハワイではとても神聖な場所です。現在でも数多くのヘイアウは残されていますが、ここプウコホラ・ヘイアウは最大級で、昔のまま原型を残しているヘイアウです。ヘイアウは溶岩で作られていますが、ここの溶岩は、コハラコーストのポロル渓谷から人が20マイル(約32km) に人を並べ、手に手に溶岩をここまで運んだとされています。その溶岩のサンプルがビジターセンターにはディスプレイされています。どれだけ過酷な労働だったかを知ることができます。 プウコホラ・ヘイアウの中は一般公開されていませんが、外からは見ることができます。今でもカルチャー・フェスティバルなどには使われています。丘の上にそびえ立つヘイアウの写真の右の方にプーロウロウ(タブースティック)が2本交差しているのが見えますか? 白いボールのようなものが棒に付いています。これはカメハメハ王の時代に作られたシンボルで、ここから先は王がいる神聖な場所で、入ってはいけないという印です。 プウコホラ・ヘイアウの敷地内にはマイレキニ・ヘイアウとハレ・オ・カプニ・ヘイアウもあります。マイレキニ・ヘイアウはカメハメハ王の先祖により、農業の寺として作られたものであるようです。カメハメハ王の時代にジョン・ヤング(カメハメハ王に西洋の知恵をアドバイスした人)とともに、この寺を砦に換えました。 ハレ・オ・カプニ・ヘイアウはサメの神に捧げたヘイアウで、オフショアに作られました。サメはアウマクアという祖先の神の一人だったと言われています。このヘイアウは1950年代頃までは原型をとどめていたようですが、雨や風などにより、今では海の中です。引き潮の時には土台が少し見えるくらいになっています。ヘイアウ内はトレッキング用の道もあり、地図を見ながら歩くこともできます。ただ影がなく暑いので、タオルや水などを必ず持参してください。セルフガイドツアーができるようになっています。ガイドツアーも行っているようですが、10名以上の団体で予約が必要となります(英語のみ)。今でもこのようなカメハメハ王の偉大な功績を目の前にできる素晴らしい場所が存在することを、あらためて痛感できる素晴らしい場所です。 カメハメハ王にちなんだキルトはないのですが、カメハメハIII世が作った、ハワイ王国のシンボル「コート・オブ・アーム」が入った、カラカウア王50才の誕生日に贈られたキルトです。こちらはオリジナルがまだ存在しますが、現在イオラニ宮殿の王のベッドルームで公開されているのは、オリジナルに遙かに近いレプリカです(キルトパラダイス第113回の「イオラニ・パレスのキルト」を参照)。 By アン Puʻukohola Heiau National Historic Site 62-3601 Kawaihae Rd. Kawaihae HI 96743 Tel: 808-882-7218 (英語のみ) http://www.nps.gov/puhe 時間:8時~16時45分(最終エントランスは16時30分) 料金:無料ハワイの自然・文化・歴史、ライフスタイルを語る