ビショップ・ミュージアムは、カメハメハ王家最期の子孫となるバーニス・パウアヒ王女を記念し、夫のチャールズ・リード・ビショップ氏によって設立されました。正式名称はバーニス・パウアヒ・ビショップ・ミュージアム(Bernice Pauahi Bishop Museum)と言い、ハワイ諸島と太平洋諸島に関する文化や自然に関する史料を収集・保存・展示しています。1889年に開館したこのミュージアムは、太平洋の自然と文化について世界最大のコレクションを誇ります。1988年に州立自然文化歴史博物館に指定されました。

ハワイアン・ホールのあるメイン・エントランス
ハワイアン・ホールのあるメイン・エントランス

ここには、バーニス・パウアヒ王女が収集したハワイ文化に関わる品物や、王室のコレクションを収蔵するために設立されました。これに加え、ハワイ諸島をはじめとする太平洋の島々の文化に関する骨董品や文書、写真などが収蔵されています。今日、収蔵品の合計は2,500万点を超えます。また、これらの一部は、ビショップ・ミュージアムのアーカイブズを通じ、閲覧や利用が可能です。

ビショップ・ミュージアムは、ハワイとポリネシアの考古学、自然史、文化を研究するための研究センターとして一般公開されています。ハワイのことについてもう少し深く知りたい、体験したいという人であれば、一度は訪れておくべき博物館と言えます。

ビショップ・ミュージアム最大の展示室であるハワイアン・ホールには、王室御用達の宝石や王冠、玉座、武器、羽毛のマントなどのほか、アウトリガー・カヌーやサーフボード、クジラの骨やウミガメの甲羅を使った工芸品など展示されています。とくに天井から吊り下げられたマッコウクジラの等寸模型やホオジロザメの立体模型は迫力があります。

ハワイアン・ホール
ハワイアン・ホール

また実演や参加型の体験コーナーも充実しています。専門職人による伝統工芸品(キルト、機織り、レイ作り)の実演や、フラ・レッスンはとくに人気が高いので、参加を希望される方は予約しておくのが無難です。

施設内には小さなプラネタリウムもあります。1961年に増築されたこのプラネタリウムは、後にホクレア号をはじめとする実験伝統航海の際に、星を見ながら航海することができるようにと、この施設で訓練を行いました。

ビショップ・ミュージアムには付属の施設もあります。しかし残念なことに、ハワイ・マリタイム・センター(ホノルル港)やエイミー・B・H・グリーンウェル民族植物園(ハワイ島のキャプテン・クック)は2020年時点でいずれも休館です。

ハワイ・マリタイム・センター
ハワイ・マリタイム・センター

ミュージアムの歴史

ハワイ州のメイン銀行のひとつであるファースト・ハワイアン・バンクとカメハメハ・スクールの共同創設者で実業家のチャールズ・リード・ビショップは、チャールズの亡き妻であるプリンセス・バーニス・パウアヒ・ビショップを偲んでこの博物館を建設しました。パウアヒ王女は、1810年から1872年までハワイ王国を統治していたカメハメハ王朝の最後の法定相続人だったため、王家から受け継がれた家宝を収蔵することを思い立ったのです。ハワイ史を読むと、パウアヒの夫であるチャールズ・ビショップが博物館を設立したとありますが、設立には多額の資金が必要だったため、銀行の援助なしには実現しませんでした。

チャールズ・ビショ     ップは、博物館の最初の現場責任者としてウィリアム・タフツ・ブリガムを雇いました。ブリガムは後に1898年から1918年に引退するまで館長を務めました。建物はカメハメハ・スクールの敷地内につくられました。この学校は、パウアヒ王女の遺言により設立されたもので、ハワイ先住民の子供たちの教育が目的でした。(※当初は男子校でした。)ミュージアムは1940年までスクールと敷地を共有していましたが、その後、学校は近郊のカパラマ・ハイツに移りました。

ビショップ・ミュージアムは、ロマネスク様式の建築であるハワイアン・ホールとポリネシアン・ホールが最初の建築物です。完成した建物はハワイ全域で大きな注目を集め、パシフィック・コマーシャル・アドバタイザー紙(※ホノルル・アドバタイザーを経て、現スター・アドバタイザー紙)は、この2つの建物を「ホノルルで最も高貴な建物」と呼びました。現在、この2つのホールは国立歴史登録財となっています。

1940年にカメハメハ・スクールが移転すると、博物館の拡張がはじまりました。ビショップ・ホールはカメハメハ・スクールの本校社を改造したものですが、それ以外の学校施設は取り壊され、さまざまな展示館が増設されたのです。

1988年にキャッスル記念館の建設が開始され、1990年1月に完成します。2005年11月には、リチャード・T・マミヤ・サイエンス・アドベンチャー・センターがオープンしました。子供向けの学習センターとして設計されたこの建物には、海洋科学、火山学、関連科学に焦点を当てた多くのインタラクティブな展示があります。

サイエンス・アドベンチャー・センター
サイエンス・アドベンチャー・センター(©Bishop Museum)

その後、昆虫学研究のためにJ.リンズリー・グレシットセンターを含むパウアヒ・ホールがつくられました。ただし、一般公開はされていません。

さらに、ハワイのスポーツ殿堂とも言うべきパーキー・ホールがつくられ、博物館の図書館とアーカイブがリニューアルされました。

先ほども書きましたが、1988年から2009年まで、アロハタワーのそばにマリタイム・センターを運営しました。ハワイ島ではエイミー・B・H・グリーンウェル民族植物園を管理していました。こちらも休園ですが、土地を買収し、近い将来に再オープンする計画があります。

エイミー・B・H・グリーンウェル民族植物園
エイミー・B・H・グリーンウェル民族植物園

また、ビショップ・ミュージアムには、1920年に独立した太平洋科学協会(PSA)の事務局が置かれており、アジア太平洋地域の持続可能な発展のために、科学技術の発展を目指しています。

ビショップ・ミュージアムの施設一覧

施設ガイド
施設ガイド(©Bishop Museum)

ビショップ・ミュージアムには以下の建物があります。
1)ハワイアン・ホール
2)パシフィック・ホール
3)ピクチャー・ギャラリー
4)カヒリ・ルーム
5)ネイティブ・ハワイアン・ガーデン
6)キャッスル・ホール
7)パーキー・ホール
8)プラネタリウム
9)アサートン・ハーラウ
10)ハレ・ワア
11)サイエンス・アドベンチャー・センター
12)ハレ・キニ
13)ビショップ・ホール
14)ハレ・イケフ

 

ビショップ・ミュージアムと太平洋の文化https://www.holoholo.world/kawaraban/wp-content/uploads/2020/10/special265.jpghttps://www.holoholo.world/kawaraban/wp-content/uploads/2020/10/special265-150x150.jpg近藤純夫特集エイミー・グリーンウェル民俗植物園,チャールズ・ビショップ,パウアヒ,ビショップ・ミュージアム,ビショップ博物館,マリタイム・センター,太平洋,自然と文化ビショップ・ミュージアムは、カメハメハ王家最期の子孫となるバーニス・パウアヒ王女を記念し、夫のチャールズ・リード・ビショップ氏によって設立されました。正式名称はバーニス・パウアヒ・ビショップ・ミュージアム(Bernice Pauahi Bishop Museum)と言い、ハワイ諸島と太平洋諸島に関する文化や自然に関する史料を収集・保存・展示しています。1889年に開館したこのミュージアムは、太平洋の自然と文化について世界最大のコレクションを誇ります。1988年に州立自然文化歴史博物館に指定されました。 ここには、バーニス・パウアヒ王女が収集したハワイ文化に関わる品物や、王室のコレクションを収蔵するために設立されました。これに加え、ハワイ諸島をはじめとする太平洋の島々の文化に関する骨董品や文書、写真などが収蔵されています。今日、収蔵品の合計は2,500万点を超えます。また、これらの一部は、ビショップ・ミュージアムのアーカイブズを通じ、閲覧や利用が可能です。 ビショップ・ミュージアムは、ハワイとポリネシアの考古学、自然史、文化を研究するための研究センターとして一般公開されています。ハワイのことについてもう少し深く知りたい、体験したいという人であれば、一度は訪れておくべき博物館と言えます。 ビショップ・ミュージアム最大の展示室であるハワイアン・ホールには、王室御用達の宝石や王冠、玉座、武器、羽毛のマントなどのほか、アウトリガー・カヌーやサーフボード、クジラの骨やウミガメの甲羅を使った工芸品など展示されています。とくに天井から吊り下げられたマッコウクジラの等寸模型やホオジロザメの立体模型は迫力があります。 また実演や参加型の体験コーナーも充実しています。専門職人による伝統工芸品(キルト、機織り、レイ作り)の実演や、フラ・レッスンはとくに人気が高いので、参加を希望される方は予約しておくのが無難です。 施設内には小さなプラネタリウムもあります。1961年に増築されたこのプラネタリウムは、後にホクレア号をはじめとする実験伝統航海の際に、星を見ながら航海することができるようにと、この施設で訓練を行いました。 ビショップ・ミュージアムには付属の施設もあります。しかし残念なことに、ハワイ・マリタイム・センター(ホノルル港)やエイミー・B・H・グリーンウェル民族植物園(ハワイ島のキャプテン・クック)は2020年時点でいずれも休館です。 ミュージアムの歴史 ハワイ州のメイン銀行のひとつであるファースト・ハワイアン・バンクとカメハメハ・スクールの共同創設者で実業家のチャールズ・リード・ビショップは、チャールズの亡き妻であるプリンセス・バーニス・パウアヒ・ビショップを偲んでこの博物館を建設しました。パウアヒ王女は、1810年から1872年までハワイ王国を統治していたカメハメハ王朝の最後の法定相続人だったため、王家から受け継がれた家宝を収蔵することを思い立ったのです。ハワイ史を読むと、パウアヒの夫であるチャールズ・ビショップが博物館を設立したとありますが、設立には多額の資金が必要だったため、銀行の援助なしには実現しませんでした。 チャールズ・ビショ     ップは、博物館の最初の現場責任者としてウィリアム・タフツ・ブリガムを雇いました。ブリガムは後に1898年から1918年に引退するまで館長を務めました。建物はカメハメハ・スクールの敷地内につくられました。この学校は、パウアヒ王女の遺言により設立されたもので、ハワイ先住民の子供たちの教育が目的でした。(※当初は男子校でした。)ミュージアムは1940年までスクールと敷地を共有していましたが、その後、学校は近郊のカパラマ・ハイツに移りました。 ビショップ・ミュージアムは、ロマネスク様式の建築であるハワイアン・ホールとポリネシアン・ホールが最初の建築物です。完成した建物はハワイ全域で大きな注目を集め、パシフィック・コマーシャル・アドバタイザー紙(※ホノルル・アドバタイザーを経て、現スター・アドバタイザー紙)は、この2つの建物を「ホノルルで最も高貴な建物」と呼びました。現在、この2つのホールは国立歴史登録財となっています。 1940年にカメハメハ・スクールが移転すると、博物館の拡張がはじまりました。ビショップ・ホールはカメハメハ・スクールの本校社を改造したものですが、それ以外の学校施設は取り壊され、さまざまな展示館が増設されたのです。 1988年にキャッスル記念館の建設が開始され、1990年1月に完成します。2005年11月には、リチャード・T・マミヤ・サイエンス・アドベンチャー・センターがオープンしました。子供向けの学習センターとして設計されたこの建物には、海洋科学、火山学、関連科学に焦点を当てた多くのインタラクティブな展示があります。 その後、昆虫学研究のためにJ.リンズリー・グレシットセンターを含むパウアヒ・ホールがつくられました。ただし、一般公開はされていません。 さらに、ハワイのスポーツ殿堂とも言うべきパーキー・ホールがつくられ、博物館の図書館とアーカイブがリニューアルされました。 先ほども書きましたが、1988年から2009年まで、アロハタワーのそばにマリタイム・センターを運営しました。ハワイ島ではエイミー・B・H・グリーンウェル民族植物園を管理していました。こちらも休園ですが、土地を買収し、近い将来に再オープンする計画があります。 また、ビショップ・ミュージアムには、1920年に独立した太平洋科学協会(PSA)の事務局が置かれており、アジア太平洋地域の持続可能な発展のために、科学技術の発展を目指しています。 ビショップ・ミュージアムの施設一覧 ビショップ・ミュージアムには以下の建物があります。 1)ハワイアン・ホール 2)パシフィック・ホール 3)ピクチャー・ギャラリー 4)カヒリ・ルーム 5)ネイティブ・ハワイアン・ガーデン 6)キャッスル・ホール 7)パーキー・ホール 8)プラネタリウム 9)アサートン・ハーラウ 10)ハレ・ワア 11)サイエンス・アドベンチャー・センター 12)ハレ・キニ 13)ビショップ・ホール 14)ハレ・イケフ  ハワイの自然・文化・歴史、ライフスタイルを語る