ダイヤモンドヘッドに代表されるように、オアフ島には多くの火山があります。今日のハワイ島と同じように、かつてはオアフ島でも活発な噴火活動がありました。なかでもホノルルは火山銀座と言ってよいほど、多くの火山が集まります。ココヘッドやココ・クレーター、ソルトレイク・クレーターなど地上に残るものだけでなく、冠水してしまいましたが、ハナウマ湾も噴火口の跡です。

パンチボールやタンタラスの丘などは噴石丘といい、噴出した溶岩塊が堆積してできた丘です。ホノルル周辺には30ものクレーターや噴石丘があり、火山の密集地帯にホノルルの町があると言っても良いほどです。また、コオラウ山脈とワイアナエ山脈も、オアフ島の誕生時に出現した巨大な火山活動の跡です。

これらの噴火跡のうち、もっとも古い噴火は350万年以上前のものですが、もっとも新しいものは5000~7000年ほど前のものと言われています。ちなみにパンチボウルは出現してから7.5万年ほど、ダイヤモンドヘッドは活動を停止してから15万年ほどが経過しています。

ほぼ円形をしたダイヤモンドヘッドのクレーター
ほぼ円形をしたダイヤモンドヘッドのクレーター

ダイヤモンドヘッドがどのようにして出現したかについては、上空から眺めると良くわかります。ほぼ真円に近いクレーターは、均等な力が働いて山頂が吹き飛ばされたことを物語ります。この噴火は海面近くで起きたため、マグマは激しく海水と接触して水蒸気爆発を起こしました。ダイヤモンドヘッドの海抜は232メートルしかありませんが、火口の直径は1キロメートルもあり、爆発の激しさを物語ります。

山頂付近の縞模様がよく観察できる
山頂付近の縞模様がよく観察できる

ダイヤモンドヘッドでは面白い現象が起こりました。いま見える尾根の部分は、かつては渓で、渓の部分は尾根だったのです。爆発のときに降り積もった火山灰は雨や風ですぐに浸食されます。最初に出現した渓の部分は、土砂の流入などで圧縮され、地盤が安定します。しかし尾根の部分は周辺を削り取られただけなので地盤はとても不安定でした。その後、尾根部分は大きな浸食を受け、ついには当初の渓部分よりも低くなって、尾根と渓が逆転しました。

 歴史

ダイヤモンドヘッドは、かつてレアヒと呼ばれました。「マグロの額」という意味ですが、ヒイアカという女神の姿だという説もあります。なぜそのような名で呼ばれるのかについては諸説あります。遠くからこの火山を眺めるとマグロに似ているからという解説が多いですが、伝統社会では、この山の頂から魚群を追ったという説もあります。海が凪いでいるとき、この山の頂から見下ろすと海のなかの様子が良くわかります。それがレアヒの名の由来となったというものです。

1800年代に英国の水夫たちがこの山を登ったとき、彼らはこの山にダイヤモンドヘッドという名前をつけました。火口付近には方解石(ガラスのような光沢のある鉱物)があり、この鉱物の輝きを見て、ダイヤモンドと勘違いしたとされます。

1898年、アメリカがハワイを併合したとき、湾の防衛は重要な使命でした。軍はいくつかの要塞を作ったのですが、そのうちのひとつが、トレイルの終わり近くにあるフォート・ルーガーです。1910年に完成したこの要塞には、海側に小さな開口部があります。要塞の跡はこの他にもいくつか残されています。

登山ルート

ダイヤモンドヘッド山頂へは30~40分ほどです。ただし階段が多いので、ゆっくりとしたペースを心がけましょう。ときおり現れるワイキキの町を眺めたり、鳥の鳴き声に耳を傾けながら、のんびりと登るとよいでしょう。

クレーター内と外をつなぐトンネル
クレーター内と外をつなぐトンネル

トンネルをくぐってクレーター内に入ると駐車場の前にインフォメーション・センターがあります。ここで入山料を支払い、手渡される資料に目を通しましょう。(※日本語版もあります)トイレの不安がある人はここで済ませておくこと。キアヴェの林を抜け、ジグザグに登りはじめましょう。

トレイルはすべて舗装されていますが、場所によっては狭かったり、端が崩れていたり、険しかったりします。やがて眼下にホノルルの町が見えてきます。最初の階段が現れる少し手前に展望台がありますが、ここからはクレーター内が見渡せます。山頂に資材を運び上げた際、この展望台までリフトが作られました。1908年のことです。それ以外の軽い資材はラバに乗せて持ち上げました。

キャプション
急な階段が続く

やがて76段と99段の階段が現れます。階段と階段の間はトンネルになっています。かつては暗闇でしたが、現在は照明があります。2つの階段を登ると、再びトンネルとなり、次に43段のらせん階段を登ります。登りきったところにある天井の低いコンクリートの空間が、フォート・ルーガー(ルーガー要塞)です。上下の幅が狭い出口(かつての掃射窓)を腰をかがめて出ると、すぐ先に最後の階段と頂上が見えます。

山頂の展望台。鉄柵は興ざめだが、景色はそれを補ってあまりある
山頂の展望台。鉄柵は興ざめだが、景色はそれを補ってあまりある

山頂から西にはビーチと高層ホテル群が見え、その奥にはワイアナエの山並みが広がります。南の方角を見下ろすと、ダイヤモンドヘッド灯台が目に入ります。灯台は1899年に建造されたもので、いまは無人です。(※1917年に改築されました。)東にはココヘッドとココクレーターがあり、その間にはハナウマ湾が広がります。北の方角にはコオラウの山々が見渡せます。

ダイヤモンドヘッドhttps://www.holoholo.world/kawaraban/wp-content/uploads/2017/02/img_2023.jpghttps://www.holoholo.world/kawaraban/wp-content/uploads/2017/02/img_2023-150x150.jpg近藤純夫特集ダイヤモンドヘッド,トレッキング,歴史,火山,登山ダイヤモンドヘッドに代表されるように、オアフ島には多くの火山があります。今日のハワイ島と同じように、かつてはオアフ島でも活発な噴火活動がありました。なかでもホノルルは火山銀座と言ってよいほど、多くの火山が集まります。ココヘッドやココ・クレーター、ソルトレイク・クレーターなど地上に残るものだけでなく、冠水してしまいましたが、ハナウマ湾も噴火口の跡です。 パンチボールやタンタラスの丘などは噴石丘といい、噴出した溶岩塊が堆積してできた丘です。ホノルル周辺には30ものクレーターや噴石丘があり、火山の密集地帯にホノルルの町があると言っても良いほどです。また、コオラウ山脈とワイアナエ山脈も、オアフ島の誕生時に出現した巨大な火山活動の跡です。 これらの噴火跡のうち、もっとも古い噴火は350万年以上前のものですが、もっとも新しいものは5000~7000年ほど前のものと言われています。ちなみにパンチボウルは出現してから7.5万年ほど、ダイヤモンドヘッドは活動を停止してから15万年ほどが経過しています。 ダイヤモンドヘッドがどのようにして出現したかについては、上空から眺めると良くわかります。ほぼ真円に近いクレーターは、均等な力が働いて山頂が吹き飛ばされたことを物語ります。この噴火は海面近くで起きたため、マグマは激しく海水と接触して水蒸気爆発を起こしました。ダイヤモンドヘッドの海抜は232メートルしかありませんが、火口の直径は1キロメートルもあり、爆発の激しさを物語ります。 ダイヤモンドヘッドでは面白い現象が起こりました。いま見える尾根の部分は、かつては渓で、渓の部分は尾根だったのです。爆発のときに降り積もった火山灰は雨や風ですぐに浸食されます。最初に出現した渓の部分は、土砂の流入などで圧縮され、地盤が安定します。しかし尾根の部分は周辺を削り取られただけなので地盤はとても不安定でした。その後、尾根部分は大きな浸食を受け、ついには当初の渓部分よりも低くなって、尾根と渓が逆転しました。  歴史 ダイヤモンドヘッドは、かつてレアヒと呼ばれました。「マグロの額」という意味ですが、ヒイアカという女神の姿だという説もあります。なぜそのような名で呼ばれるのかについては諸説あります。遠くからこの火山を眺めるとマグロに似ているからという解説が多いですが、伝統社会では、この山の頂から魚群を追ったという説もあります。海が凪いでいるとき、この山の頂から見下ろすと海のなかの様子が良くわかります。それがレアヒの名の由来となったというものです。 1800年代に英国の水夫たちがこの山を登ったとき、彼らはこの山にダイヤモンドヘッドという名前をつけました。火口付近には方解石(ガラスのような光沢のある鉱物)があり、この鉱物の輝きを見て、ダイヤモンドと勘違いしたとされます。 1898年、アメリカがハワイを併合したとき、湾の防衛は重要な使命でした。軍はいくつかの要塞を作ったのですが、そのうちのひとつが、トレイルの終わり近くにあるフォート・ルーガーです。1910年に完成したこの要塞には、海側に小さな開口部があります。要塞の跡はこの他にもいくつか残されています。 登山ルート ダイヤモンドヘッド山頂へは30~40分ほどです。ただし階段が多いので、ゆっくりとしたペースを心がけましょう。ときおり現れるワイキキの町を眺めたり、鳥の鳴き声に耳を傾けながら、のんびりと登るとよいでしょう。 トンネルをくぐってクレーター内に入ると駐車場の前にインフォメーション・センターがあります。ここで入山料を支払い、手渡される資料に目を通しましょう。(※日本語版もあります)トイレの不安がある人はここで済ませておくこと。キアヴェの林を抜け、ジグザグに登りはじめましょう。 トレイルはすべて舗装されていますが、場所によっては狭かったり、端が崩れていたり、険しかったりします。やがて眼下にホノルルの町が見えてきます。最初の階段が現れる少し手前に展望台がありますが、ここからはクレーター内が見渡せます。山頂に資材を運び上げた際、この展望台までリフトが作られました。1908年のことです。それ以外の軽い資材はラバに乗せて持ち上げました。 やがて76段と99段の階段が現れます。階段と階段の間はトンネルになっています。かつては暗闇でしたが、現在は照明があります。2つの階段を登ると、再びトンネルとなり、次に43段のらせん階段を登ります。登りきったところにある天井の低いコンクリートの空間が、フォート・ルーガー(ルーガー要塞)です。上下の幅が狭い出口(かつての掃射窓)を腰をかがめて出ると、すぐ先に最後の階段と頂上が見えます。 山頂から西にはビーチと高層ホテル群が見え、その奥にはワイアナエの山並みが広がります。南の方角を見下ろすと、ダイヤモンドヘッド灯台が目に入ります。灯台は1899年に建造されたもので、いまは無人です。(※1917年に改築されました。)東にはココヘッドとココクレーターがあり、その間にはハナウマ湾が広がります。北の方角にはコオラウの山々が見渡せます。ハワイの自然・文化・歴史、ライフスタイルを語る