ハワイの伝統文化は自給自足が基本でした。陸と海の幸をバランス良く収獲して暮らしを立てていたようです。漁業に関しては、カヌー漁が基本ですが、海岸を囲い込んだところに魚を捕獲するということも行われました。

ヘエイア・フィッシュポンド(オアフ島)
ヘエイア・フィッシュポンド(オアフ島)

石垣で海を囲ったものをフィッシュポンド(養魚池)と言い、ハワイ語ではイア・ロコ(あるいはロコ・イア)と呼びました。イアは魚、ロコは「池」という意味もありますが、この場合は「囲い(内側)」という意味で用いられます。遠浅の海を選び、先端を沖に伸ばした半円形の囲いを用意します。* 潮の満ち引きを利用して魚を呼び込んだり、収獲した魚の一部を生け簀として利用するなどしました。

周囲を海に囲まれたハワイ諸島にとって、フィッシュポンドを造った背景にはいくつかの理由があります。ハワイの人々は、潮の満ち引きや月の満ち欠け、太陽の進行を調べることで、海の収獲がどのような時期に豊漁となり、どのような時期に不漁となるかをあらかじめ知ることができました。そこで不漁の時期に備えることで、安定して魚を確保するために考案されたのがフィッシュポンドです。このような文化はハワイ特有のものではなく、ポリネシアの他の地域でも行われました。

*ハワイ島のアイマカパのように、弧状ではなく直線に近いフィッシュポンドもあります。

ロコ・クアパー型のフィッシュポンド(モロカイ島)
ロコ・クアパー型のフィッシュポンド(モロカイ島)

種類とその構造

フィッシュポンドは石壁と水門とで構成されますが、その形状や構造によっていくつかの種類に分かれます。(1)ロコ・クアパーと呼ばれるタイプは、珊瑚礁を利用し、その上に石を積んで外海との間に壁を造り、内海を養魚池としました。水門(マーカーハー)は規模に応じて潮流の通り道に数カ所設置しました。(2)ロコ・プウオネは砂州を利用したものです。海との間に一定の幅がありますから、クアパー型よりクローズドな形状と言えます。(3)ロコ・ワイは川の流れを利用したもので、蛇行する川から取り残された三日月湖などを利用し、淡水の魚を確保します。(4)ロコ・イア・カロはタロイモ水田(ロイ)を流用したものです。(5)ロコ・ウメ・イキは小規模なフィッシュポンドで、ゲートが開かれたままの簡素なものです。(6)ハープナプナ(ハープナ)は、湧水が溜まった池を利用するもので陸封型です。比較的規模の大きなものをハープナプナ、小規模なものをカーヘカと呼びます。

フィッシュポンドの種類
フィッシュポンドの種類

首長の特権

伝統文化では信仰上の理由や資源確保の意味合いから禁漁期間が設けられました。さらに特定の魚については、食べることのできる人間を制限しました。たとえばモイのような魚は首長しか食べられませんでした。ハワイ諸島は周囲を海に囲まれているにも関わらず、このような池を設けたり、魚の分配に制限を求めたのは、その背景に資源を加工して保存する技術に乏しく、生鮮食料を維持する必要性に駆られたこと、また階級社会であったため、ハワイ社会に厳しいカプ(規則)が設けられていたため、必要に応じた魚を確保する必要があったことなどによります。フィッシュポンドは自然や社会上の制約から誕生した人々の智恵と言えます。

カロコ=ホノコーハウのフィッシュポンド(ハワイ島)
カロコ=ホノコーハウのフィッシュポンド(ハワイ島)

神話

カウアイ島にはアイヌ神話に登場するコロボックルのようなメネフネの伝説があります。メネフネ神話はハワイ独自のものではなく、ポリネシア全体にあります。メネフネたちは昼間に寝て夜に行動すると言われます。彼らは一夜でフィッシュポンドやヘイアウ(神殿)、用水路などを造りました。一夜で造りきれなかったり、人間に姿を見られると放置したとされます。ハワイの人々が仕事を依頼すると、メネフネたちはその対価としてオパエという名のエビを求めることが多かったようです。エビは淡水の魚ですが、メネフネ伝説の多いカウアイ島では、川を利用したフィッシュポンドがありました。海や川の生き物を安定的に確保するのが難しかった時代の逸話と言えるでしょう。

フィッシュポンドの所在

フィッシュポンドはいまも各島に残されています。大半は消失したり朽ちかけていますが、いくつかは復元されたり、形を変えて活用され、伝統漁法を復活させるために利用されています。

キャプテンクックが到来した1778年の時点で約360の養魚池が確認されています。総数については1990年に再調査が行われ、ハワイ諸島におけるフィッシュポンドとフィッシュトラップの総数は488と報告されています。フィッシュポンドの跡地を含めると、オアフ島には718、ハワイ島には138が確認されています。その他の島の養魚池とフィッシュトラップの数については、モロカイ島が74、カウアイ島は50、マウイ島は44、ラナイ島は4と報告されています。フィッシュポンドを最も活用しているのはモロカイ島で、今日でも残された池の多くを日常的に活用しています。

メネフネ・フィッシュポンド(カウアイ島)
メネフネ・フィッシュポンド(カウアイ島)

オアフ島では北海岸に多くのフィッシュポンドが造られました。なかでもヘエイアやワイカネ地区にあるフィッシュポンドはよく知られます。また北のカフクには現代のフィッシュポンドとも言える大規模な養殖池(養殖場)が広がります。

マウイ島のカフルイ空港近くにはカナハ・ポンドがあります。現在は野鳥公園として知られますが、かつてマウイの首長が魚を安定的に確保するために造らせたものです。キヘイの北にはケアリア・ポンド国立野生生物保護区があり、ここもかつてフィッシュポンドとして用いられました。

ハワイ島ではワイピオのフィッシュポンドがよく知られます。ワイピオ渓谷は三方を崖に取り囲まれ、いくつもの滝が流れ落ちる自然豊かな場所なので、カメハメハ1世など、歴代の首長はこの地で暮らしました。また、カイルア・コナにはカロコ=ホノコーハウ国立歴史公園があり、園内にはフィッシュポンド跡が点在します。

フィッシュポンドhttps://www.holoholo.world/kawaraban/wp-content/uploads/2020/04/MG_1282.jpghttps://www.holoholo.world/kawaraban/wp-content/uploads/2020/04/MG_1282-150x150.jpg近藤純夫特集イア・ロコ,ハープナプナ,フィッシュトラップ,フィッシュポンド,ロコ・イア,ロコ・イア・カロ,ロコ・ウメ・イキ,ロコ・クアパー,ロコ・プウオネ,ロコ・ワイハワイの伝統文化は自給自足が基本でした。陸と海の幸をバランス良く収獲して暮らしを立てていたようです。漁業に関しては、カヌー漁が基本ですが、海岸を囲い込んだところに魚を捕獲するということも行われました。 石垣で海を囲ったものをフィッシュポンド(養魚池)と言い、ハワイ語ではイア・ロコ(あるいはロコ・イア)と呼びました。イアは魚、ロコは「池」という意味もありますが、この場合は「囲い(内側)」という意味で用いられます。遠浅の海を選び、先端を沖に伸ばした半円形の囲いを用意します。* 潮の満ち引きを利用して魚を呼び込んだり、収獲した魚の一部を生け簀として利用するなどしました。 周囲を海に囲まれたハワイ諸島にとって、フィッシュポンドを造った背景にはいくつかの理由があります。ハワイの人々は、潮の満ち引きや月の満ち欠け、太陽の進行を調べることで、海の収獲がどのような時期に豊漁となり、どのような時期に不漁となるかをあらかじめ知ることができました。そこで不漁の時期に備えることで、安定して魚を確保するために考案されたのがフィッシュポンドです。このような文化はハワイ特有のものではなく、ポリネシアの他の地域でも行われました。 *ハワイ島のアイマカパのように、弧状ではなく直線に近いフィッシュポンドもあります。 種類とその構造 フィッシュポンドは石壁と水門とで構成されますが、その形状や構造によっていくつかの種類に分かれます。(1)ロコ・クアパーと呼ばれるタイプは、珊瑚礁を利用し、その上に石を積んで外海との間に壁を造り、内海を養魚池としました。水門(マーカーハー)は規模に応じて潮流の通り道に数カ所設置しました。(2)ロコ・プウオネは砂州を利用したものです。海との間に一定の幅がありますから、クアパー型よりクローズドな形状と言えます。(3)ロコ・ワイは川の流れを利用したもので、蛇行する川から取り残された三日月湖などを利用し、淡水の魚を確保します。(4)ロコ・イア・カロはタロイモ水田(ロイ)を流用したものです。(5)ロコ・ウメ・イキは小規模なフィッシュポンドで、ゲートが開かれたままの簡素なものです。(6)ハープナプナ(ハープナ)は、湧水が溜まった池を利用するもので陸封型です。比較的規模の大きなものをハープナプナ、小規模なものをカーヘカと呼びます。 首長の特権 伝統文化では信仰上の理由や資源確保の意味合いから禁漁期間が設けられました。さらに特定の魚については、食べることのできる人間を制限しました。たとえばモイのような魚は首長しか食べられませんでした。ハワイ諸島は周囲を海に囲まれているにも関わらず、このような池を設けたり、魚の分配に制限を求めたのは、その背景に資源を加工して保存する技術に乏しく、生鮮食料を維持する必要性に駆られたこと、また階級社会であったため、ハワイ社会に厳しいカプ(規則)が設けられていたため、必要に応じた魚を確保する必要があったことなどによります。フィッシュポンドは自然や社会上の制約から誕生した人々の智恵と言えます。 神話 カウアイ島にはアイヌ神話に登場するコロボックルのようなメネフネの伝説があります。メネフネ神話はハワイ独自のものではなく、ポリネシア全体にあります。メネフネたちは昼間に寝て夜に行動すると言われます。彼らは一夜でフィッシュポンドやヘイアウ(神殿)、用水路などを造りました。一夜で造りきれなかったり、人間に姿を見られると放置したとされます。ハワイの人々が仕事を依頼すると、メネフネたちはその対価としてオパエという名のエビを求めることが多かったようです。エビは淡水の魚ですが、メネフネ伝説の多いカウアイ島では、川を利用したフィッシュポンドがありました。海や川の生き物を安定的に確保するのが難しかった時代の逸話と言えるでしょう。 フィッシュポンドの所在 フィッシュポンドはいまも各島に残されています。大半は消失したり朽ちかけていますが、いくつかは復元されたり、形を変えて活用され、伝統漁法を復活させるために利用されています。 キャプテンクックが到来した1778年の時点で約360の養魚池が確認されています。総数については1990年に再調査が行われ、ハワイ諸島におけるフィッシュポンドとフィッシュトラップの総数は488と報告されています。フィッシュポンドの跡地を含めると、オアフ島には718、ハワイ島には138が確認されています。その他の島の養魚池とフィッシュトラップの数については、モロカイ島が74、カウアイ島は50、マウイ島は44、ラナイ島は4と報告されています。フィッシュポンドを最も活用しているのはモロカイ島で、今日でも残された池の多くを日常的に活用しています。 オアフ島では北海岸に多くのフィッシュポンドが造られました。なかでもヘエイアやワイカネ地区にあるフィッシュポンドはよく知られます。また北のカフクには現代のフィッシュポンドとも言える大規模な養殖池(養殖場)が広がります。 マウイ島のカフルイ空港近くにはカナハ・ポンドがあります。現在は野鳥公園として知られますが、かつてマウイの首長が魚を安定的に確保するために造らせたものです。キヘイの北にはケアリア・ポンド国立野生生物保護区があり、ここもかつてフィッシュポンドとして用いられました。 ハワイ島ではワイピオのフィッシュポンドがよく知られます。ワイピオ渓谷は三方を崖に取り囲まれ、いくつもの滝が流れ落ちる自然豊かな場所なので、カメハメハ1世など、歴代の首長はこの地で暮らしました。また、カイルア・コナにはカロコ=ホノコーハウ国立歴史公園があり、園内にはフィッシュポンド跡が点在します。ハワイの自然・文化・歴史、ライフスタイルを語る