新しい神話の誕生

ポリネシアの島々では広く共有されている神々がいます。四大神と呼ばれるカーネ、カナロア、クー、ロノ、あるいはワーケアやパパなどがよく知られています。また、半神マウイのように、人と交わる神の話もあります。ハワイではこれらの神々と同じかそれ以上の影響を与える女神ペレがいます。ペレとはどのような神だったのかを見ていきます。

炎のなかに住むペレ
炎のなかに住むペレ

ペレという単語をハワイ語の辞書で調べると「火山」とあります。この単語は、タヒチやマルケサスなどでは山という意味でしか用いられません。しかしハワイでは、これ以外にも「穴に住む女性」とか「大地を食べる女性」などの意味があり、「火の女神ペレ」があります。なぜ、単なる山、あるいは火山が火の女神になったのでしょう。

先住民がハワイ諸島へ渡った当時、ハワイ島やマウイ島では活発な噴火が続いていました。ポリネシア人はとてつもない規模で噴き出す溶岩を見て、驚き、恐れたことと思います。先祖からの言い伝えにもそのような存在はなく、ただ当惑するばかりでした。苦労をして集落をつくり、田畑をつくったと思いますが、ときおり前触れもなく溶岩が噴き出し、それが集落や田   畑を襲うこともありました。

当初、ペレという言葉は、キラウエアのハレマウマウ・クレーターやマウナ・ロアのモク・アヴェオヴェオ・クレーターに広がる溶岩湖や、そこから流れ出した溶岩流を指して用いられたことばでした。途方もないエネルギーを前に、人々は何かの罰が降りかかったのかもしれないと考えました。火の山には神がいて、それが人間たちにお告げをしているのだと考えたのです。火の山は「ペレ」と呼ばれていましたが、やがて火の山には人間には預かり知れぬ力を持つ神がいるという考えとなり、いつしか火の女神ペレという信仰が生まれたのです。

ハワイ島の主要な溶岩流
ハワイ島の主要な溶岩流

ペレにまつわる神々

このような背景から誕生した女神は、当時の火山活動と人間社会の関わり方を伝えるものとも言えます。ペレには「カヒキから来た女性」という意味もあります。直訳すると「タヒチから来た女性」となりますが、本来の意味は、「他の土地から訪れた、人智では計り知れない存在」と言えます。

神話世界における火の女神はどのような存在でしょうか。彼女は大地を司るハウメア(あるいはパパハーナウモク)という母親と、天空を司るカーネ・ホアラニ(あるいはモエモエ)という父親の間に生まれた子どもとされます。ペレには、噴煙を司るカモホアリイ、噴火を司るカポホイカヒオラ(カポハイカヒオラ)、火の雨を降らせるケウアケポ(ケウアアケポ)、雷を司るカーネカヒリなどの兄弟と、カヌーを破壊する火の目を持ったヒイアカ・マコレ・ワワヒ・ワア(マコレ・ナヴァヒ・ワアア)、ペレに愛された末妹のヒイアカ・イカポリオ・ペレ(ヒイアカ・ホーイケ・ポリ・ア・ペレ、あるいはヒイアカ・オピオ)などの姉妹がいました。

ペレを含む兄弟姉妹はカヒキ(タヒチ)からやってきたとされますが、先に述べたように、火山活動の脅威が生み出す圧倒的なパワーは原初からハワイ諸島にあったわけではなく、他の場所からもたらされたと信じられたようです。また、すべての兄弟姉妹が火山に関係のある名前を持つわけではなく、たとえばケオアヒ・カマカウアはザトウクジラの姿をしていたとされます。これらの名前のすべてがハワイ独自のものではなく、ポリネシアの他の島にその起源を求めることのできるものも少なくありません。

ボルケーノハウスにあるペレのレリーフ
ボルケーノハウスにあるペレのレリーフ

島々を渡り歩く

カヒキから訪れたペレは、兄弟姉妹とともにニホア島へ、次にニイハウ島を訪れました。それらの島は住むには適さなかったので、今度はカウアイ島へ渡りました。彼女は手にした杖(パーオア)で大地を叩き、地下に火の塊(マグマ)があるかどうか確認をしたのです。ニホアにもニイハウにも火の塊はなかったため、彼女はオアフ島へ渡りました。

彼女が杖を叩いて試したのは、アーリアパアカイ(ソルトレイク)、プーオワイナ(パンチボウル)、レアヒ(ダイヤモンドヘッド)、マカプウなどでした。これらはいずれもかつて噴火活動を行っていましたが、ペレが確かめたときには死火山で、マグマはありませんでした。ちなみに、ペレがマグマを確かめるために杖を振り下ろすと、そこに洞窟やクレーターが誕生したと言われます。火山活動がどのような原理で生じるのか理解していなかったかつての人々は、巨大なクレーターを神々の仕業と考えたのでした。

ペレは次にマウイ島を訪れ、ハレアカラの火口に住みました。ここにはマグマがあったからです。しかし、土地の神の逆鱗に触れ、戦いの末に殺されてしまいます。(海の女神であり、ペレの姉であるナーマカオカハイに殺されたという説もあります。)死んだペレの霊(ウハネ)はこの地を離れ、ハワイ島のキラウエアにあるハレマウマウ・クレーターに安住の地を見い出します。(マウナ・ロア山頂のモクアーヴェオヴェオ・クレーターに宿るという説もあります。)フラを学ぶ人たちがここを聖地とするのは、このような神話的背景があるためです。

噴き出すマグマは溶岩と名を変える
噴き出すマグマは溶岩と名を変える

ペレの足跡は、ハワイ諸島が誕生した科学的背景に似ていると説く者もいますが、数十万年から数百万年前に起きた事実を、島の誕生史に結びつけて考えたとは思えません。そうではなく、突発的な噴火の続く歴史を通じて、ペレという女神が生まれたと考えるべきでしょう。彼女は気まぐれであり、怒りやすく、荒々しいとされます。島の人々がこうむった災害をこのような性格描写によって擬人化(神化)したものです。

ペレにはいくつもの名前があります。ペレ・ホヌア・メア(聖なる島のペレ)やペレ・アイ・ホヌア(島を食べるペレ)と呼ばれるときは、焔を上げ、島をむさぼり食う象徴となります。ペレは火山の支配者ですから、人々は決して彼女に逆らうことができませんでした。彼女が怒ると燃え上がるような炎の女性か焔となります。霊としての彼女の聖なる名前はカ・ウラ・オ・ケ・アヒ(炎の赤)と呼ばれました。

ハワイ島ではいまも噴火活動をつづけるキラウエアやマウナロア、あるいはフアラライは、山頂から海岸に至るまで無数の溶岩を流して来ました。苦労して開墾した畑は消滅し、集落は壊滅状態に陥ったことでしょうから、火山活動(ペレ)への畏れと戦きはきわめて深刻なものだったに違いありません。

火山活動と信仰

ペレがハレマウマウ・クレーターに住むという言い伝えの背景には、このクレーターには断続的に溶岩湖があったことと関わりがあります。グツグツと煮え立つ溶岩は、まるで意志を持ったように見えたことでしょう。作家のマーク・トウェインは「ペレの釜戸から噴き上がる熱のせいで、われわれは茹で上げられた卵のような状態だった。(中略)何世紀もの昔、イスラエルの民が砂漠をさまよい歩いていたときに彼らの行くべき道を照らし出した火の柱と同じ光景に違いない。」19世紀に生きたトウェインにとってさえ、その光景は旧約聖書の神の業を思い起こさせるほど神々しく映ったのでした。

キラウエア火山に連なるプウオーオー
キラウエア火山に連なるプウオーオー

その10数年後に同じ場所を訪れたイザベラ・バードもまた、ハレマウマウ・クレーターの驚異を次のように書きとめています。「すると突然、頭上に、それも目の前で血糊のような塊が空高く噴き上げられた。わたしたちはハレマウマウの縁に立っていたのだが、10メートルほど下にある溶岩湖から噴水のように溶岩が噴き出したのだった。あのときはだれもが悲鳴をあげ、泣いていた。しかし、口を開く者はいなかった。この地上に新たにもたらされた恐怖と、壮観さに、だれもが声を失ってしまったのだった。それは想像を絶しており、筆舌に尽くしがたく、見る者の目に焼き付く光景だった。それは一瞬のうちに感覚と魂のすべてを奪い去り、日常的発想をひっくり返してしまう。それはまさに、底なしの穴だった。」

ハワイの人々の伝説によれば、ペレは背が高く美しい若い女性であるか、その反対に皺だらけで腰の曲がった老女となり、ときどき白い犬を連れて現れると言います。ペレを知ることは畏れを知ること。ハワイの人々は活発な火山活動と頻繁な地震が起きるハワイ島に暮らしながら、自分たちの弱さを知らされ、自然に対して謙虚であることを学んだのでした。

ペレはいまもハワイの人々にとって特別の存在であり続けます。噴火が起きると御神酒を捧げたり、フラやチャントを捧げたり、あるいはオヒアレフアの花や豚肉を捧げたりするのは、こうした物語とともに暮らしてきたハワイの人々の信仰心でもあると言えるでしょう。

 

火の神ペレと火山活動https://www.holoholo.world/kawaraban/wp-content/uploads/2020/11/0302n054.jpghttps://www.holoholo.world/kawaraban/wp-content/uploads/2020/11/0302n054-150x150.jpg近藤純夫特集カヒキ,キラウエア,ハレアカラ,フアラライ,ペレ,マウナ・ロア,半神,火の女神新しい神話の誕生 ポリネシアの島々では広く共有されている神々がいます。四大神と呼ばれるカーネ、カナロア、クー、ロノ、あるいはワーケアやパパなどがよく知られています。また、半神マウイのように、人と交わる神の話もあります。ハワイではこれらの神々と同じかそれ以上の影響を与える女神ペレがいます。ペレとはどのような神だったのかを見ていきます。 ペレという単語をハワイ語の辞書で調べると「火山」とあります。この単語は、タヒチやマルケサスなどでは山という意味でしか用いられません。しかしハワイでは、これ以外にも「穴に住む女性」とか「大地を食べる女性」などの意味があり、「火の女神ペレ」があります。なぜ、単なる山、あるいは火山が火の女神になったのでしょう。 先住民がハワイ諸島へ渡った当時、ハワイ島やマウイ島では活発な噴火が続いていました。ポリネシア人はとてつもない規模で噴き出す溶岩を見て、驚き、恐れたことと思います。先祖からの言い伝えにもそのような存在はなく、ただ当惑するばかりでした。苦労をして集落をつくり、田畑をつくったと思いますが、ときおり前触れもなく溶岩が噴き出し、それが集落や田   畑を襲うこともありました。 当初、ペレという言葉は、キラウエアのハレマウマウ・クレーターやマウナ・ロアのモク・アヴェオヴェオ・クレーターに広がる溶岩湖や、そこから流れ出した溶岩流を指して用いられたことばでした。途方もないエネルギーを前に、人々は何かの罰が降りかかったのかもしれないと考えました。火の山には神がいて、それが人間たちにお告げをしているのだと考えたのです。火の山は「ペレ」と呼ばれていましたが、やがて火の山には人間には預かり知れぬ力を持つ神がいるという考えとなり、いつしか火の女神ペレという信仰が生まれたのです。 ペレにまつわる神々 このような背景から誕生した女神は、当時の火山活動と人間社会の関わり方を伝えるものとも言えます。ペレには「カヒキから来た女性」という意味もあります。直訳すると「タヒチから来た女性」となりますが、本来の意味は、「他の土地から訪れた、人智では計り知れない存在」と言えます。 神話世界における火の女神はどのような存在でしょうか。彼女は大地を司るハウメア(あるいはパパハーナウモク)という母親と、天空を司るカーネ・ホアラニ(あるいはモエモエ)という父親の間に生まれた子どもとされます。ペレには、噴煙を司るカモホアリイ、噴火を司るカポホイカヒオラ(カポハイカヒオラ)、火の雨を降らせるケウアケポ(ケウアアケポ)、雷を司るカーネカヒリなどの兄弟と、カヌーを破壊する火の目を持ったヒイアカ・マコレ・ワワヒ・ワア(マコレ・ナヴァヒ・ワアア)、ペレに愛された末妹のヒイアカ・イカポリオ・ペレ(ヒイアカ・ホーイケ・ポリ・ア・ペレ、あるいはヒイアカ・オピオ)などの姉妹がいました。 ペレを含む兄弟姉妹はカヒキ(タヒチ)からやってきたとされますが、先に述べたように、火山活動の脅威が生み出す圧倒的なパワーは原初からハワイ諸島にあったわけではなく、他の場所からもたらされたと信じられたようです。また、すべての兄弟姉妹が火山に関係のある名前を持つわけではなく、たとえばケオアヒ・カマカウアはザトウクジラの姿をしていたとされます。これらの名前のすべてがハワイ独自のものではなく、ポリネシアの他の島にその起源を求めることのできるものも少なくありません。 島々を渡り歩く カヒキから訪れたペレは、兄弟姉妹とともにニホア島へ、次にニイハウ島を訪れました。それらの島は住むには適さなかったので、今度はカウアイ島へ渡りました。彼女は手にした杖(パーオア)で大地を叩き、地下に火の塊(マグマ)があるかどうか確認をしたのです。ニホアにもニイハウにも火の塊はなかったため、彼女はオアフ島へ渡りました。 彼女が杖を叩いて試したのは、アーリアパアカイ(ソルトレイク)、プーオワイナ(パンチボウル)、レアヒ(ダイヤモンドヘッド)、マカプウなどでした。これらはいずれもかつて噴火活動を行っていましたが、ペレが確かめたときには死火山で、マグマはありませんでした。ちなみに、ペレがマグマを確かめるために杖を振り下ろすと、そこに洞窟やクレーターが誕生したと言われます。火山活動がどのような原理で生じるのか理解していなかったかつての人々は、巨大なクレーターを神々の仕業と考えたのでした。 ペレは次にマウイ島を訪れ、ハレアカラの火口に住みました。ここにはマグマがあったからです。しかし、土地の神の逆鱗に触れ、戦いの末に殺されてしまいます。(海の女神であり、ペレの姉であるナーマカオカハイに殺されたという説もあります。)死んだペレの霊(ウハネ)はこの地を離れ、ハワイ島のキラウエアにあるハレマウマウ・クレーターに安住の地を見い出します。(マウナ・ロア山頂のモクアーヴェオヴェオ・クレーターに宿るという説もあります。)フラを学ぶ人たちがここを聖地とするのは、このような神話的背景があるためです。 ペレの足跡は、ハワイ諸島が誕生した科学的背景に似ていると説く者もいますが、数十万年から数百万年前に起きた事実を、島の誕生史に結びつけて考えたとは思えません。そうではなく、突発的な噴火の続く歴史を通じて、ペレという女神が生まれたと考えるべきでしょう。彼女は気まぐれであり、怒りやすく、荒々しいとされます。島の人々がこうむった災害をこのような性格描写によって擬人化(神化)したものです。 ペレにはいくつもの名前があります。ペレ・ホヌア・メア(聖なる島のペレ)やペレ・アイ・ホヌア(島を食べるペレ)と呼ばれるときは、焔を上げ、島をむさぼり食う象徴となります。ペレは火山の支配者ですから、人々は決して彼女に逆らうことができませんでした。彼女が怒ると燃え上がるような炎の女性か焔となります。霊としての彼女の聖なる名前はカ・ウラ・オ・ケ・アヒ(炎の赤)と呼ばれました。 ハワイ島ではいまも噴火活動をつづけるキラウエアやマウナロア、あるいはフアラライは、山頂から海岸に至るまで無数の溶岩を流して来ました。苦労して開墾した畑は消滅し、集落は壊滅状態に陥ったことでしょうから、火山活動(ペレ)への畏れと戦きはきわめて深刻なものだったに違いありません。 火山活動と信仰 ペレがハレマウマウ・クレーターに住むという言い伝えの背景には、このクレーターには断続的に溶岩湖があったことと関わりがあります。グツグツと煮え立つ溶岩は、まるで意志を持ったように見えたことでしょう。作家のマーク・トウェインは「ペレの釜戸から噴き上がる熱のせいで、われわれは茹で上げられた卵のような状態だった。(中略)何世紀もの昔、イスラエルの民が砂漠をさまよい歩いていたときに彼らの行くべき道を照らし出した火の柱と同じ光景に違いない。」19世紀に生きたトウェインにとってさえ、その光景は旧約聖書の神の業を思い起こさせるほど神々しく映ったのでした。 その10数年後に同じ場所を訪れたイザベラ・バードもまた、ハレマウマウ・クレーターの驚異を次のように書きとめています。「すると突然、頭上に、それも目の前で血糊のような塊が空高く噴き上げられた。わたしたちはハレマウマウの縁に立っていたのだが、10メートルほど下にある溶岩湖から噴水のように溶岩が噴き出したのだった。あのときはだれもが悲鳴をあげ、泣いていた。しかし、口を開く者はいなかった。この地上に新たにもたらされた恐怖と、壮観さに、だれもが声を失ってしまったのだった。それは想像を絶しており、筆舌に尽くしがたく、見る者の目に焼き付く光景だった。それは一瞬のうちに感覚と魂のすべてを奪い去り、日常的発想をひっくり返してしまう。それはまさに、底なしの穴だった。」 ハワイの人々の伝説によれば、ペレは背が高く美しい若い女性であるか、その反対に皺だらけで腰の曲がった老女となり、ときどき白い犬を連れて現れると言います。ペレを知ることは畏れを知ること。ハワイの人々は活発な火山活動と頻繁な地震が起きるハワイ島に暮らしながら、自分たちの弱さを知らされ、自然に対して謙虚であることを学んだのでした。 ペレはいまもハワイの人々にとって特別の存在であり続けます。噴火が起きると御神酒を捧げたり、フラやチャントを捧げたり、あるいはオヒアレフアの花や豚肉を捧げたりするのは、こうした物語とともに暮らしてきたハワイの人々の信仰心でもあると言えるでしょう。  ハワイの自然・文化・歴史、ライフスタイルを語る